
神話の中で語られる象徴は、時に道徳的な解説を含む出来事の結果を示す場合があります。
人間と動物の特徴を合わせ持つような登場人物は、まさに人間の典型として描き出されることができます。
例えば、ギリシャ神話のケンタウロスは人間男性の上半身と馬の下半身を持ちますが、人間部分は合理性を象徴し、動物部分は野性的本能を表しています。
この特異な姿は、人間心理が動物的本能に脅かされる状態を意味すると考えられます。
この例は、神話の価値は文化的または精神的な根拠の憶説を述べる点にあるだけでなく、道徳的な解釈が成り立つ象徴群を描写するところにもあります。
その時には必ずしも神の説話を登場させる必要は無く、何らかの概念を具現化する象徴が示されれば良い。
例えば、ギリシア神話では鳩は「権力」や「肥沃」、犬の悪い意味は「死者」があり、神話概念を引継ぐ詩集『変身物語』では熊は「自然の変化」を象徴しています。
近代以前、人生体験は宗教や物語的な宇宙観と密接に関係し、切り離すことができませんでした。それは、当時の宗教とは「入信するもの」ではなく、人生のすべての面において存在し、宗教や物語的宇宙観は人生そのものを構築していたことを示しています。
この時代、神話はいわゆる「宗教的な体験」を提供する一翼を担っていました。
神話物語は人を現実社会から切り離して神話の時代へ誘い、神聖なるものに触れる機能を持ちました。
事実、神話時代の状況を再現しようと試みる社会も存在し、そこでは現実社会に生きる人間に原初の時代に存在した神の癒しをもたらそうとしている例もあります。この背景には、人間の道徳を定義するものではない技術と直面する科学に対して、「宗教的な体験」は過去の徳目への理解に繋がる指向性がある点が挙げられます。
神話の機能では、神話そのものと神話時代の観念とを区分することは重要です。
構造主義理論のレヴィ=ストロースは、神話とは科学と同様に、意識的人間と自然との間にある関係から自ずと導き出されたものと論じました。文化は、例えば陰湿な者を蛇に喩えたように、人間のふるまいを表現するために神話学的存在を設けました。
それが、時が経つにつれて「蛇男の神話」へと変貌しました。
しかしながら、神話時代の観念とは、現代的視点からすればフィクションにすぎないことも自明です。
当ホームページの情報を利用して起きたトラブルに関して当サイトは一切の責任、保証を負いません。